2019年11月29日金曜日

鎌田正志《杉浦グラフィズムの快楽と呪縛—DTPの夜明け 6》









「杉浦グラフィズム」とは杉浦康平氏のブックデザインをリスペクトしているデザイナー作品全体を包む概念です。杉浦氏本人のデザインはもとより、多くは80年代に工作舎から出版された出版物と、そこに関わったデザイナーが中心となって作り出したデザインのスタイル。それとともに杉浦康平氏の主宰していたデザイン事務所出身のデザイナーたちが制作した出版物も含んだ、独特な日本語組版のデザインスタイルを指します。

そのデザインスタイルの中心的なデザイナーの名前を思いつくままに上げると、まずはこの連載の中心となっている戸田ツトム氏、その戸田氏のライバルとも言えそうな羽良多平吉氏、その二人を繋ぐ存在としての松田行正氏、今もって人気、というかますます活躍されている祖父江慎氏…。杉浦事務所からは戸田氏と名コンビ(?)の鈴木一誌氏、大御所の中垣信夫氏、惜しくも50代で亡くなられた谷村彰彦氏、その後を引き継ぐ海保透氏、戸田氏と共に神戸工科芸術大学で教鞭をとられている赤崎正一氏などなど。これらの才能と技術に秀でた方々の作品が「杉浦グラフィズム」の中心世界を形作っていたと思います。

そのデザインスタイルを一言で言うことは難しいのですが、平面であるグラフィックデザインに「立体的な空間感覚=本の構造の視覚化」を持ち込み、なおかつ「曖昧さ」「ノイズ」「アジア的感性」を知的に組み込んでいくデザイン、とでも言えるかもしれません。

まだざっくりとしか言語化できない「杉浦グラフィズム」ですが、「DTPの夜明け」をもう少し続けていく中で考えていこうと思います。

さて前回からの続き、いよいよDTPの時代へ入っていきます。《杉浦グラフィズムの快楽と呪縛—DTPの夜明け 1》で掲載した商業誌最初のDTP紙面と言えそうな「1988年11月の『BRUTUS 192』」から半年、戸田ツトム氏はフルDTPによる書籍を刊行されました。「森の書物」です。

……本書は、ほぼ全面的にパーソナル・コンピューターによって作られた本である。文章執筆の段階から、その編集や構成、デザインそしてレイアウト、作図・写真編み撮り製版・4色カラー分解・カバー・デザイン・版下…。つまり、著者・編集者・デザイナー・印字オペレーター・製版者が関わる一連の造本作業をコンピューターによって行った。このような本の作り方は、いわゆるDTP[デスクトップ・パブリッシング]と呼ばれる。……組織性よりも個人性を尊重したDTP[デスクトップ・パブリッシング]を追求してみよう、との観点から制作された。デスクトップ、すなわち文房四方机上空間においてことの一切にけりをつけてみよう、という実用目的を至近距離に置いた試みである。……(「はじめ」より抜粋)

この「はじめに」には、その後急激になだれ込んで行くDTPシステムの問題点と夢と限界を指摘されているように感じますが、それも後々検討していきたいと思います。

「森の書物」はDTP時代を宣言したエポックメーキングな書物として大きなインパクトを持ったものでしたが、それとともにその縦長の独特な判型がその後、新しいブックデザインのスタイルとして定着していったという、面白い効果も生みだした出版物でもありました。

「森の書物」から半年後に刊行された池澤夏樹氏との共著「都市の書物」はその精度とクオリティを一気にアップさせ、その後の戸田氏のデザイン手法のさきがけとなったようですし、ペヨトル工房で「杉浦グラフィズム」を展開されていたミルキーイソベ氏が同時期にデザインされた「Macでデザイン」「Mac評判記」なども「森の書物」に似たイメージ(紙の扱い、構成、レイアウト)で制作されました。また99年に初版が発行され、今も店頭に並ぶ工藤強勝氏デザインの「編集デザインの教科書」も同様で、その内容の構成の仕方を含め「森の書物」の影響を強く感じます。