2019年2月1日金曜日

松村喜八郎《映画を楽しむ 5 ―我が愛しのキャラクター列伝③》


フェイト教授/1965年「グレートレース」


 20世紀初頭、ニューヨークからパリまでの自動車レースが敢行される。これを、サイレント映画時代のスラプスティック喜劇の要素を満載
して描いた、ブレイク・エドワーズ監督の傑作に登場するマンガ的な悪玉。演じているのはジャック・レモン。フェイトは助手のマックス(ピーター・フォーク)とともに、二枚目のヒーロー、レスリー(トニー・カーチス)が何かやるたびに対抗、あるいは妨害しようとしていつも失敗する。
 レスリーの高速モーターボートを音波探知機付きの魚雷で沈めようとしたときは、うまくいきそうだったのに、自分の車がバックファイアして大きな音を出したために、方向転換した魚雷の餌食になってしまう。弾丸列車でスピード記録に挑んだときは、これまでの記録を破って大喜びしたのも束の間、ふと気付くと渡り鳥の群れがすぐ横を飛んでいる。エッどういうこと? まさかという思いで下を見ると、列車は空を飛んでいるではないか。勢いで飛んでいるだけの列車は失速してあえなく落下する。いずれの場合も、フェイトとマックスが無事という荒唐無稽さで爆笑させてくれた。失敗してもフェイトは決してめげることがない。無残な姿で立ち上がり、「レスリーにこんなことはできまい」と吼える。
 フェイトはなぜレスリーに敵がい心をむきだしにするのか。理由はない。行動原理はレスリーへの憎悪である。善玉と悪玉の戦いを戯画化しているのがこの映画の面白さで、常にレスリーは白、フェイトは黒という対比だけでも滑稽だ。
 そんなフェイトだから、レスリーが新聞社に提唱して実現した自動車レースにも当然参加する。今度こそレスリーの鼻を明かしてやる。優勝するためには手段を選ばない。まずはマックスに命じて他の車に細工させる。次々と故障する車を見てフェイトは満足げに高笑い。
「マックス、次は?」
「5号車のエンジンが落下」
「5号車か、ワーハッハ。マックス、これが5号車だ」
 またしてもフェイトは自分の悪だくみが仇となってしまうのだが、悪の権化だからへこたれない。車を修理してレースに復帰し、その後も妨害工作を続け、ついに1着でゴール! だが、この勝利はレスリーがゴール直前で車を停め、同乗していた女性記者と熱いキスをかわしていたからだった。納得できないフェイトが大声で喚く。
「奴が私を勝たせた。よくも馬鹿にしたな。私はお前が大嫌いだ。勝ちは受け入れない。もう一度挑戦する」
 かくして、パリからニューヨークへのレースが始まる。卑劣な手段で勝つのはOKだが、勝ちを譲られたのでは沽券にかかわるるという論理。これこそ理想的な悪玉像である。レースの過程で繰り広げられる、酒場での大乱闘やお城でのパイ投げ合戦など、抱腹絶倒の場面以上にフェイト教授のキャラクターは魅力的だった。

ハリー・シアーズ/1981年「カリフォルニア・ドールズ」


  長年、脇役として活躍していたピーター・フォークが「刑事コロンボ」で人気者になってから演じた、女子プロレス・タッグチームのマネージャーである。タッグチームのアイリスとモリーを連れて地方都市をどさ回りする日々が侘しく、そのしょぼくれ感といい、バスンバスンと大きな音を出すオンボロ車に乗っていることといい、コロンボそっくりだった。「正式は物入り」が口癖のケチケチ男で、泊まるのはアイリスとモリーが「ゴキブリモーテル」と表現する安宿、二人におごるのはハンバーガー。「一度くらい正式な食事をしたいわ」と愚痴られても「だが、正式はとかく物入りだよ」と軽くあしらう。
 ケチに徹しているのは、いつかやってくる乾坤一擲の大勝負に備えてのことだ。アイリスとモリーは美人だし、チャンピオンになれるだけの実力もある。日本人のタッグチーム(これが当時、人気絶頂だったミミ萩原とジャンボ堀)との試合を見た日本のプロモーターから「二人とも凄い。彼女たちを日本へ遠征させるときは協力したい」と声を掛けられるほどだ。だが、知名度がないのは悲しいもので、「人気抜群のタッグチームだ。アクロンでは客が総立ち。ロック並みの人気でね」などとホラを吹いても、まともに取り合うプロモーターはおらず、しがないどさ回り生活が続く。今は我慢だ。しょぼくれマネージャーに見えて、ハリーはしたたかな男だ。二人を売り出すためには嘘もつくし、汚れ仕事も受ける。見世物でしかない、屈辱的な泥んこレスリングを無理強いしたのも、500ドルというギャラを踏み台にできるという計算があってのことだった。
「これでギャラがぐんと上がる。今後はこの契約書が証拠だ。一晩500が定着する」
 アイリスとモリーはハリーを罵り、喧嘩しながらも「名を売り、大金を稼ぎたければ、ぐずぐず言わずに黙って俺についてこい」というハリーに従う。マネージャーとして有能なことが分かっているからで、3人の絆は固い。そして、ついに国内ランキング3位となり、写真付きの記事(ホットでゴージャスなカリフォルニア・ドールズ。連戦連勝の彼女たちは女子プロレス界の新しい星)が大物プロモーターの心を動かし、チャンピオントレドの虎とのタイトル戦が実現する。ハリーは全国中継されるこの試合に賭けた。今こそお金を使うときだ。テレビ映えする演出で一気に人気を獲得してやる。
 いよいよ試合当日。映画は、それまでのうらぶれ感が一変する。リングアナがドールズの名前を呼ぶと、「ドールズ勝て!」の大声援。一人40ドルで雇われたサクラである。大声援の後は歌だ。サクラたちは、ピアノのメロディーに合わせて歌い始める。
「偉大なドールズ。素敵なドールズ。さぁおいで、この腕の中。君らは僕らの生きる夢……
 ハリーはオリジナルのテーマ曲を用意して練習させ、ビアノ弾きのじいさんにも金を渡していた。トレドの虎が思いもよらぬ展開に驚き、その苛立ちが頂点に達した頃、ようやくドールズが入場してくる。筋肉モリモリ男に担がれ、白い羽を付けた銀ピカのコスチューム。なんともど派手な趣向である。ドールズは全国のプロレスファンの眼を釘付けにした。後は勝つだけだ。ドールズは、レフェリーが買収されているという不利な状況を跳ね飛ばし(実際、ハリーの指示でレフェリーをぶっ飛ばすのが痛快)大逆転勝利。これが遺作となったロバート・アルドリッチ監督が奇をてらうことなく、典型的なハッピーエンドにしてくれているのでスカッと爽快、観終わってすごく元気が出た。

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