2019年1月10日木曜日

松村喜八郎《映画を楽しむ 1 ―深夜食堂」からの連想ゲーム》

新田橋とレトロ交番


 画面が赤い橋の架かる街のロングショットになった瞬間、オヤッと思った。似ている。橋を渡ってくる二人の女性を正面から捉えたアングルに切り替わったところで確信した。木場の新田橋だ。この地で開業していた新田清三郎医師が昭和7年、不慮の事故で亡くなった夫人の霊を慰める〝橋供養”の意味を込めて架けた橋で、当初の名称は新船橋。新田橋と呼ばれるようになったのは、この医者が「木場の赤ひげ先生」として慕われていたからだ。現在架かっているのは2代目で、最初の橋は富岡八幡宮裏手の八幡堀遊歩道に保存展示されている。
 この橋が出てくる映画は、新宿某所で深夜0時から朝7時くらいまで営業する「めしや」に集う人たちの人情劇「続・深夜食堂」。食堂の近くにある交番が随分古風で、これは月島のもんじゃストリートに残っている都内最古の交番に似ていた。松岡錠司監督は、昭和的な路地裏の雰囲気を際立たせる造形として、月島のレトロな交番を参考にしてセットを造ったのだろう。
 自分の好きな場所が登場するのはうれしいもので、それだけで満足度が上がる。映画には知らない場所に連れて行ってくれるという楽しみもある。とくに洋画の場合はそうだ。忘れられないのは、ジョージ・クルーニー主演「ラスト・ターゲット」の舞台、イタリアのカステル・デル・モンテだ。城塞のような建物が山間に並ぶ景観に溜息が出た。中世に建てられたものだという。何者かに狙撃されたクルーニーは、敵の正体が判明するまでこの街に身を潜めるのだが、その静かな佇まいが孤高の暗殺者の心情と重なり合って魅了された。

豚汁、焼うどん、焼肉定食等々庶民の味


「続・深夜食堂」には当然のことながら食事の場面が度々出てくる。映画で見た料理に舌鼓を打つ人は多いようで、それも映画の楽しみと言っていいのだろうが、私はあまり関心がない。それでも「めしや」のマスター、小林薫が「できるもんなら何でも作るよ」とお客の注文に応える料理は、庶民的なものばかりなので顔がほころんだ。タラコを焼く場面のクローズアップでは、タラコを長いこと食べていなかったこともあって、うまそうだなぁと思ったものである。
 食事のシーンでよく覚えているのは「大統領の料理人」だ。フランスの田舎町で小さな店を営んでいた女性シェフが大統領専属のシェフになった実話の映画化である。カトリーヌ・フロが演じるシェフが、窮屈なしきたりに難儀しながらも大統領に喜んでもらえる料理づくりに奮闘する。数々のフランス料理は全く記憶にないが、大統領が一人で厨房にやってきて、フロと語りながら食事する場面は印象的だった。大統領がおいしそうに食べたのはトリュフを乗せただけのパンだ。本当は自由に好きなものを食べたいのに、健康管理を第一とする側近たちのせいでそれができない。しばしの間、素朴な食事とフロとの会話に癒される姿に大統領であるが故の孤独が滲み出ていた。ヒッチコックの「フレンジー」で、スコットランド・ヤードの警部がサンドイッチを実においしそうに食べる場面も忘れ難い。フランス料理に凝っている奥さんに毎晩、奇妙な料理を出されて閉口しているので、ありふれたサンドイッチがことのほか美味なのだ。二本とも食事の場面で登場人物の心情を浮かび上がらせていた。

喪服の女と白いドレスの女刑事


「続・深夜食堂」は三篇のエピソードで構成されていて、最初のエピソードの主人公は出版社の編集者、範子。偶然にも通夜帰りの常連客が相次いだ日、喪服を着た範子がやってくる。他の客と違って誰かが亡くなったわけではない。範子は仕事のストレスがたまると、喪服姿で街を歩いて気分転換しているのだった。相当風変りな女だ。「めしや」の2階で張り込みする女性刑事もヘンテコだった。なんと白いドレス姿! 相棒の年配刑事に「お前、なんて格好してるんだよ」と呆れられ、「友だちの結婚式だったんですけど。非番なのに呼び出しといて何ですか、その言い草は」と切り返す。着替えに戻る時間を惜しんですぐ駆けつけたのだから仕事熱心とは言えるが、それにしてもネェ。インパクトが強すぎて、映画におけるファッションに興味のない私でも二人の服装は記憶に残った。
 つい最近、WOWOWで再見したフランスのラブコメ「おとなの恋の測り方」のヒロインは、場面ごとにさすがパリジェンヌと思わせる着こなしをしていて、女性はうっとりしたと思うのだが、全く覚えていなかった。「続・深夜食堂」は、服がしっかり脳裏に刻まれている例外的な映画である。もっと強く印象に残っているのは「ガール」の麻生久美子だ。アラサー女子4人の友情と仕事や恋の悩みを描いたこの映画で、麻生久美子は課長に昇進したばかりの聖子を演じた。自分より年下の女性が上司になったことが気に入らない今井という男性社員に反抗的な態度を取られ、家に帰って「ケツの穴の小さい奴だ」と罵りながらも何とか耐えていたが、重要な報告すらせずにプロジェクトを進めていることを知って、ついに怒り爆発。威圧感があることを気にして避けていた白いスーツを着て出社し、今井にコイントスの勝負を挑む。負けた方が会社を辞めるという条件だ。「選ばせてあげる。表?裏?決めなさいよ、男なら」と決断を迫り、たじろぐ今井を「女と仕事するのが嫌なら土俵で暮らしなさい」と一喝する。胸のすくカッコよさだった。以来、白いスーツを着た女性を見かける度に麻生久美子の聖子を思い出す。

魅力的な脇役のオンパレード


「ガール」では聖子の親友の先輩を壇れいが演じていて、そのキャラが強烈だった。「いくつになっても女でいたい」というポリシーを持ち、ど派手なファッションとキャピキャピガール的な言動で顰蹙を買っている年増OLだ。こういう愉快な脇役が登場する映画はいい。実は「続・深夜食堂」について書くことにした一番の理由は、魅力的な脇役が数多く登場するからだ。「あと何回晩飯食えるか分からねぇから忘れねぇように」と、食べたものをノートに書き留めるじいさん、15歳も年上の女と結婚しようとしている息子のことを嘆く蕎麦屋の女将に「僕は還暦過ぎた女性でないと燃えないですけどねぇ。あの皮膚の頼りなさがまたひとしおで」とヘンタイ発言する男、「人って答えを出さないまま漂っていたいときがあるのよねぇ。ああ、私も漂いたい」とマスターを色っぽい目で見つめる料亭の女将etc。中でも、レトロ交番に登場する関西弁のおねえちゃんは最高だった。オレオレ詐欺に引っかかって福岡から上京してきたおばあちゃんを自宅に泊めてあげている優しい女の子に、痴呆症かもしれないから親族に迎えに来てもらうことはできないかと相談され、警官が難色を示しているといつの間にか女の子が二人立っている。一人は警官を睨んでいて、もう一人が「この子も納得いかん言うとるがな。やってできひんのと、最初からやらへんのは意味が違う。公務員は納税者に誠意をみせなあかん」とお説教。この場面だけで主役級の役者を食う存在感を示していた。女優の名は知らない。
「おとなの恋の測り方」も、弁護士であるヒロイン、ディアーヌの秘書が光っていた。平然と机の上に足を乗せ、ズケズケものを言う雇い主に媚びない女性で、外見ではなく本質を重視する。ハンサムで知的、ユーモアのセンスも抜群の彼氏がいるのに、低身長(136センチ!)が気になってあと一歩を踏み出せないディアーヌに「心の器が小さい」とピシャリ。事務所を訪ねてきた彼氏に目を輝かせる表情のチャーミングなこと。惚れた。
 他にも記憶に残る脇役はたくさんいるが、それはまたの機会に。 

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