2019年1月17日木曜日

松村喜八郎《映画を楽しむ 2 ―ちょっといい科白、ハッとする科白》

 最初にお断りしておく。今回は、和田誠さんが昔『キネマ旬報』に連載していた「お楽しみはこれからだ」のパクリです。科白を切り口にした文章とイラストが大好きだった。科白に惹きつけられた映画はたくさんある。とくに今年に入ってそういう映画が続いたので、図々しく真似させていただくことにした。

「あの子が幸せだった頃を残そうと」(「しあわせの絵の具〜愛を描く人モード・ルイス〜」)


 カナダの女流画家モードの実話。彼女の才能を見出した、ニューヨークの画商サンドラとの出会いの場面で出てくる科白だ。モードは、シチューを作るために自分が絞めた鶏の絵を描いた。なぜ? 不思議に思ったサンドラに聞かれてこう答える。
 モード・ルイスのことはこの映画で初めて知ったが、鮮やかな色彩感覚で描かれた牧歌的な風景と動物の絵には、安野光雅のような温かみがある。自分が殺した鶏を慈しむ心、それが温かさの源泉なのだと感じた。
 モードは「窓が好き。窓からさまざまな生の営みが見え、命の輝きが一つのフレームに収まっているから」とも話す。サンドラはモードの絵とともにその人柄にも惚れ込んだに違いない。「あなたの世界を描いて」と励まし、売り込みに尽力してくれた。
 若年性関節リウマチを患い、体が不自由だったモードは、両親が亡くなってから兄や親戚に厄介者扱いされていた気の毒な人である。叔母の家から逃げるようにしてやってきたモードを家政婦として受け入れてくれたのが、後に結婚するエベレット。粗野でぶっきらぼうな男だが、モードが壁に絵を描いても咎めることはなく、それがモードにとって無上の幸せだった。絵さえ描ければいい。お金はいらない。贅沢しようとは思わないという点ではエベレットも同様で、モードが画家として成功してからもつましい暮らしを変えることはなかった。ラストシーンにおける二人の会話がいい。
「また犬を飼ってみたら?」「欲しくない」
「好きでしょ?」「お前がいる」
 優しい言葉をかけたことがない武骨な男の精一杯の愛情表現。その想いはモードに十分伝わったはずだ。モードを演じているのは、奇しくも同じ頃公開されたアカデミー賞作品賞「シェイプ・オブ・ウォーター」のサリー・ホーキンス。私はこの映画の方が好きだ。

「人種差別する警官をクビにしていたら三人しか残らない」(「スリー・ビルボード」)


 黒人のことを「最近は有色人種と言い換えている」と嘯くディクソン巡査を問題視された警察署長の答えだ。どれほど人種偏見を持つ人が多いのかを端的に示していて、よどんだ町の雰囲気には名作「夜の大捜査線」を思わせるものが゛あった。ディクソン巡査を非難したのは、レイプされて殺された娘の捜査が進展しないことに苛立っているミルドレッド。映画は、彼女が寂れた道路沿いに出した3枚の巨大看板(レイプされて死亡/犯人逮捕はまだ?/なぜ?ウィロビー署長)が巻き起こす波紋を描きながら慄然とする結末へと突き進む。単純に善悪の色分けをしていないところに深みがある。ミルドレッドは黒人への差別意識のない人だが、娘を殺された悲しみと犯人への憎しみが冷静さを失わせているとはいえ、「あの広告はフェアじゃない」と署長が言うようにやることが過激で、素直に共感できない。どこか歪んでいる。ディクソン巡査は差別意識の強さに嫌悪感を抱いてしまう人物だが、正義感は人一倍強い。この二人が、レイプ犯許すまじという感情を共有し、ある行動を起こそうとするラストシーンは、静かでありながら凄まじい。
 ミルドレッド役のフランシス・マクドーマンドがアカデミー賞主演女優賞に輝いた。「ファーゴ」に続く二度目の受賞である。それなのに、あるクイズ番組でオスカー女優の名前を当てる問題が出され、この女優だけ誰も答えられなかった。顔写真を見て「スリー・ビルボード」の女優だということは分かっているのに名前が出てこない。この認知度の低さ。なんだかマクドーマンドがかわいそうになった。

「彼女」(「ナチュラルウーマン)


 なぜこの科白がいいのかと訝しくお思いだろうが、この映画の主人公マリーナは男、つまりトランスジェンダーなのだ。相思相愛だったオルランドが急死し、死因に不審を抱いた警察の事情聴取を受けることになった。警官はマリーナを「彼」と呼び、無遠慮で情け容赦のない言葉を浴びせる。疑われていることより女として扱ってもらえない屈辱。そんな時、急を聞いて駆け付けたオルランドの弟が、警官をたしなめるかのようにマリーナのことを「彼女」と言ってくれた。このさりげない優しさ。マリーナが働くレストランの女主人も偏見を持たない人で、職場に押しかけてきた刑事に詰問されているのを見かねて、客が呼んでいると嘘をついて取り調べから解放してくれる。人格すら無視されてしまうマリーナの苦しみを描く映画の中で、この二人は一服の清涼剤だった。、トランスジェンダーへの偏見に真正面から切り込んだ感動作。マリーナ役のダニエラ・ヴェガ自身、トランスジェンダーの歌手だという。きれいな人で、最初に登場した時は女性だと思った。

「良い一日ではなく、意味のある一日を」(「あなたの旅立ち、綴ります」)


 シャーリー・マクレーンが演じる嫌われ者のばあさんがDJになり、リスナーにこう語りかける。いい言葉ではないか。たとえ最悪の日だったとしても、その経験が後に生きてくるならば、普通の良い日よりも意義深いのだと教えられた。この映画については『まち歩きジャーナル』に書くつもりなので、これ以上の説明は省かせていただく。

 過去に遡れば映画の名科白はいくらでも出てくるのだが、長期連載になってしまうので止めておく。なにしろパクリなので。

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